まだ読んでいない先生、必見! 超ベストセラー「『学力』の経済学」編集者に聞いた、”データが変える”教育

こんにちは! SN校内新聞編集部です。

2015年に出版され、東進ハイスクール講師の林修氏が「暗記するくらい読みました」と紹介するなど大きな反響を読んだ「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)。現在は刊行部数が30万部を超え、ますます影響が広がっています。

本書は、著者である慶應義塾大学SFCの中室牧子准教授が、教育経済学者として教育に関するデータを経済学的なアプローチで分析。教育の効果を科学的に解き明かしています。

「ご褒美で釣ってもよい」「ほめ育てをしてはいけない」「ゲームをしても暴力的にはならない」など、これまでの「常識」と正反対となる教育論を展開し、読者に大きなインパクトを与えました。

今回は、本書の担当編集者である井上慎平氏に本書の読みどころについてお話を伺ってきました!

根底にあるのは、教育現場の先生へのリスペクト

ーーこの出版不況と言われるさなか、30万部のヒットなんてすごいですね! さて、まず本書のコンセプトを教えてください。

現場の先生たちがよりよい教育に取り組めるよう、「データから教育を考えましょう」ということですね。

教育の世界では、「データを活用する」という意識がまだあまり浸透していません。もちろん、生徒は一人ひとり個性を持った存在ですから、データだけでは割り切れない面があることは理解しています。

でも、その一方で、何万人という生徒のデータをとることではじめてわかる事実もある。教育はむずかしいものだからこそデータを活用する意味がある、ということを伝えたくて。

ーー反響はどうでしたか?

意外と好意的な評価を多くいただいています! もう少しボコボコにされるかな、と思っていたんですけど……(笑)。

ーーというと、否定的な反響も想定していた?

そうですね。本書では、教育の常識とは正反対と言えるような事実も紹介していますから。ただ、本書の意図は、データをふりかざして教育現場の先生たちを批判する、というものでは決してないんです!!

むしろ、中室先生も私も、根底に現場の先生への強いリスペクトがあります。というのも、私の大親友は小学校教師。彼の教育への真摯な想いにはずっと触れてきましたからね。だからこそ、彼のような現場の先生のがんばりが成果と結びつくヒントになるような本にしたい、と思っていました。

実際、本書を読んでくださった現場の先生たちからは「教育にはもっとデータが必要だと思っていた!」といった声もあったんですよ。

ーーおお、現場にも問題意識があったんですね。

教育って、多かれ少なかれみんな受けてきていますよね。だから、「私はこれでうまくいった!」という自分の体験だけをベースにした「n=1」の意見が飛び交ってしまうんです。しかも、それぞれの意見が矛盾することも少なくない……。

そんな情報に翻弄されることで迷いを抱えることになってしまう現場の先生や親御さんも、少なくなかったんでしょうね。

少人数学級はダメ? 子どもを褒めてはいけない? 教育の常識が覆る

(著者の中室牧子氏 *著者研究室HPより)

ーーこの本で特に反響があったのはどういったところでしたか?

子どもを持つお母さんたちからは、やっぱり「ゲームをやらせてもいい!」というところ。学校の先生の反応は少し違っていて、「少人数学級はコストパフォーマンスがよくない」といった点に反響が集まりました。

ーーなんとなく少人数教育はいいものだって思っちゃいますよね。

一般的な感覚ではそうですよね。でも、データを見てみると想像とは違った結果が出ていたんです。

少人数学級は「成果が出ない」わけではないんです。でも、明らかにコストパフォーマンスが悪い。人件費や設備費がかかる割に、それによって見込める成果が見合わないんですね。

このように、”一見よさそう”には要注意。”一見よさそう”に引きずられ、子どもにさほど良い影響を与えないことが実際に教育の現場に取り入れられてしまうこともあるでしょう。

ーーたしかに! 同じような問題はほかにもありますか?

「褒める教育」の問題でしょうか。もちろん、正しく誉める場合は問題ありませんよ。ただ、間違ったかたちで誉めてしまうと弊害が出てくるんです。

ーーふむ。「間違った褒め方」とは?

アメリカで行われた実験で、「むやみに褒めると学力低下を招く」という結果が出ています。「あなたはやればできる!」といった自尊心を高めるメッセージを受け取った生徒は、受け取らなかった生徒よりも成績が低くなり、とくに学力の低い学生には大きな「負の効果」があるんです(詳しくは本書を読んでくださいね!)。

ーー褒めることで「負の効果」があるなんて……! なぜでしょう?

人は失敗すれば反省し、改善して次に備えるものです。でも、失敗したときに「あなたはできる子!」と褒められたら、まちがった自尊心を持ってしまいますよね。反省の機会を奪うことになってしまうんです。

逆に、結果が悪かったとしてもプロセスに着目し、粘り強く努力する姿勢を褒められれば、次回のために努力することになる。これが子どもの将来を変えることになるんですね。

データからみえる”数字では測れない”能力の価値

ーー本書は『「学力」の経済学』というタイトルなのに、「自制心」や「生きる力」といった非認知能力についても多く書かれていますよね。ちょっと意外でした。

じつは、経済学のエビデンスでは、テストの点数のような認知能力よりも非認知能力のほうが将来の収入などへの影響は大きい、とされているんです。データから教育を考えたら、じつは数字で表せない非認知能力の方が重要だった……というのは面白い結果でした。

ーーたしかに! 非認知能力を育てるために先生ができることはありますか?

生徒に「自分はなにかをやり抜ける人間なんだ!」「努力次第で将来を変えることができるんだ!」と自覚させることが重要です。

こうした考え方を「グロース・マインドセット」と言いますが、能力は高いけど「すべては才能次第」と考える子より、最初につまずいたとしても「自分のやり方次第で変えられる」と思う子のほうが、将来の収入面、社会的な面においてだんぜんいい結果が見込めるんですね。

ーーへええ。その感覚を持たせるためのセオリーってあるんですか……?

残念ながら、先生によって、そして生徒によってそれぞれです。「正解はない」と言えるでしょう。

成績と関わる要素として「親の収入」や「家庭環境」といったものがありますが、残念ながらこういったものは教育の力で変えることはできません。ただし、具体的な数字は諸説ありますが、学校教育が子どもに与える影響は非常に大きいのもまた事実です。

現場の先生は、家庭環境に恵まれなかった子どもにとって、まさに最後の希望なんです。

教育現場から、”不要な迷い”をなくすためのデータ

(本書は「ビジネス書大賞2016の準大賞」も受賞している)

ーー本書をこれから読む先生に、どのように活用してもらいたいですか?

さきほど言ったように、本書には常識として語られていることと反する事実がたくさん出てきます。いったん物事をそういう視点で見ると、もしかしたら、今まで「当たり前だ」と思っていたやり方に疑問を持ち、見直すきっかけにもなるかもしれません。

もちろん、そうした疑問——たとえば15年前であれば「ゆとり教育は正しいの?」という疑問に対して、すぐに答えを出すことはできないと思います。でも、「その疑問の解決のためにデータを集めよう!」という意識が広がれば、それは将来の教育をよりよくすることにつながりますよね。

「ゆとり教育」だって、データをきちんと採取して検証し、改善を繰り返すことができたら今とは違う語られ方をしていたかもしれません。ただ、急にはじまって急に終わったので、なにが良くてなにが悪かったのか、誰一人答えを持っていないんです。

ーー最後に、先生たちに本書をどう読んでいただきたいか、メッセージをお願いします。

本書を読んで「データに向き合う」というアクションを取ることで、現場の先生の不安を少しでも解消することになればなにより嬉しいです!

著者の中室先生や私の考えるゴールは、「子どもにとっていい教育を与えたい」というシンプルなもの。そのために、この本、そしてデータが現場の先生にとってひとつの道しるべになればと思います。

ーーありがとうございました!

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